2013年12月8日日曜日

UI設計での演繹と帰納から

スマホアプリ関連の事業が最近多い。


ITと環境(化学)とかやりたい自分としては結構うれしいし、
楽しいのだが、

ワイヤーを設計してから、
実機に落とすまでにもそうだし、
こういうプロジェクトに多くかかわるようになってから、
AppStoreで毎週上位10位くらいまでのアプリを落として
実際に1回は起動して遊んでみるんだけど、
標題のことを強く感じる。


まず演繹的に
ここで通信が走ると電波環境でこれくらいの時間がかかるとか、
ターゲットの指のサイズが何センチだからボタンはこうで、
iPhoneの標準コンポーネントを元にしたりとか、
視認できる要素の数はこれくらいだとか、
目立たせたいときは点滅+寒色系の背景と暖色系のコントラストにした方が
虹彩の細胞が反応しやすい確率が高いとか
こういう構成だとCSSを書くときに工数が速いからとか、
とにかく論理的なバックグラウンドを持ったうえで、
目星や落とし込みをつけていって大まかな絵を書いて、


そのあと、帰納的に
ABテストしてクリック考えたりとか、
同じジャンルのアプリは○個中●個こうしているとか、
実際に10人くらいアプリのターゲットの人に見せてみて動かすとこ見てみたりとか、
とにかく集積的な知見や人の慣れを読んだりする。
(アプリをアップデートするとUIが見にくくなったと思うのって結構こういう慣れみたいな要素の影響が大きいと踏んでたります。)


専攻してた地球化学論文で証明する時も
論理的に仮説や背景を演繹的な推測でまとめてから
実際にサンプルを何百個も用意して実験して、
それを近似曲線にあてはめてから、
他の論文の結果引用してロジックを作り、
さらにそれの反証実験を実際にまたサンプル使って帰納的にやってと、
なんか一緒なんだなとふと思った。

昔、非平衡開放系の化学反応の一連のサイクルや
地球のサブシステム間の物質の移動と、
経営でのヒトモノカネ情報の流動的な近年の市場環境を示すフローが、
たまたまうちの大学の地球化学の先生が書いてた
ボックスモデルの図で
全く同じ流れで表現できることに気付いたときのことを思いだした。


全然違う分野のことが
同じアプローチ方法やパラダイムの中にあるのが
衝撃的に美しくて、変態かもしれないけど、
こういうの見つけるときに結構快感を感じる。

当然役に立つ規則性であることが重要なことは大前提で、
仕事の日々の作業の中にも
そういう法則性や体系みたいなものをこれからも見出して
いこうとなんとなく考えている。


取りとめないけど、そんな感じです。
良い週末を。

まとめて更新しました。
1.インサイトの読みと人生経験の比例
http://watari2487.blogspot.jp/2013/12/blog-post_8.html
2.嵐の前の静けさとディレクション作業
http://watari2487.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html

インサイトの読みと人生経験の比例

一応広告会社として
コミュニケーションレイヤーのことを考えることは
必須なんだけども、

うちの部署もそうだし、新しいことをやっていく中で、
仮説とか、従来の常識が大きく覆っていることが良くある。


60くらいのおじいちゃんが
僕の同世代の友人と同じかそれ以上に
息子から買ってもらったアンドロイドを使いこなしてたり、

タイで友人が輸出事業をやっているんだけど、
なんか(なぜか)ラベンダーが人気なんだとか。

他にも、今のマンションに引っ越してから、
これまでの貧乏アパートの時と違ったチラシや
もはや名刺を投函する個人向けのFPが現れたのも面白かったし、

iPhone5Sに指紋認証付けたらいいって評判で、
でもドコモでは10年近く前から、
ギークっぽいユーザー向けに
そういうガラケー出てたのになーって感じたりとか。

他にも終電逃した満喫でバカみたいにマンガを読み漁ってみたら、
少年(青年)ラブコメ漫画でのそこそこ売れてるマンガの主人公のタイプって
つくねも楽もはるともけいたろうも(なんのマンガかは言わないけど)、
どことなく共有点があったりとか、

スマホで服がバンバン売れてたり、
モーターショーで使う車の色に規則性があったり、

なんかこう、
最近改めて人間の内部洞察や消費行動を考えたりするうえで
経験(観察量)が大きく比例することを最近強く感じる出来事がたくさんあった。

自分のバイアスをとった上で
「生活者はこうでしょ」ってちゃんと言えるのって
今の時代本当に難しい。

きっと当事者になったり、
当事者を深く知っていくことが改めて大切な時代なんだとおもう。

ビックデータ的なマクロスケールの統計学的な分析が
最近パラダイムとして注目されている中で
ペルソナモデルの策定やエスノグラフィみたいな個々を深堀りする分析が共存するのも
そういうことなのかもしれないと思った。

もう26なわけで、いい年しているのだが、
改めて色々経験を積んだ方がいいなと思った。

会社の先輩が
「若いうちはもっと遊べ!!」
とよく言っているけども、案外的を射ているのかもしれない。

嵐の前の静けさとディレクション作業

だいぶ時間が経ってしまいました。


ここ最近は先月や先々月から
わき出てきた作業が少しづつ落ち着いてきて、
粛々とやっている感じです。

自分のメインの1人として関わったプロジェクトが
各メディアにも出て、次年度まで継続する話ができたり、
作業が山場を超えて終わりへ向かって粛々と行くものがあったり、
一方で自分の詰めの甘さから決めきれてないことや
ミスで迷惑をかけているものまで。

1つ1つのプロジェクトが、だんだんと形になったり収束がはじまっているとこです。

一方で先月新規でようやく取れたものや
構想段階で自分なりに進めたいもので、
チャンスや結果にまだつながっていないものがあるので、
そこを詰めていく感じ。


だんだん細かい作業での詰めや想定できるリスクの数が増えてきて、
ディレクションしていく力も少しは伸びた気がする。

開発会社や市区町村、お得意さんとうちの営業とか、
各々の作業進行の上で段取りと調整の中で、
・決め
・連絡(証拠残し)
・話の手順
この3つが大切だなと改めて思った。

自分で決めていいのか、提案してゆだねるのか、向こうにゼロベースで伺いを立てるのか、
まずそれを正しく判断していかないといけないし、
そこで決めたことを口頭でとどめないで何らかの書面に残す行為も必要だ。
最後推進する上で誰に話していくのかと
その順番の意識をすることが大事だなと思う。

基本的なことだけども、上記3つだけでも、
完璧できるディレクターは意外と少ないんじゃないかとも思う。


政治的な調整が苦手だし、嫌いなので、
どうしても正攻法で正面突破したいんだけど、
上に上がれば上がるほど、
そういうのも身につけないといけないんだろうなと
今下っ端ながらに思う。

実は年明け今の部署が部署内で再編するとかしないとか噂になっており、
かつ、新年から新しいかなり大きなプロジェクトが本格的に始まるので、
なんだか今は嵐の前に静けさの様な独特の雰囲気で仕事が進んでいます。


ほんと基本的に仕事は楽しい。
会社の側に越してきたので、時間的に少し余裕が出て健康になってきました。
最近では会社の忘年会での出し物が少し憂鬱なくらいです。
サラリーマンですね。

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