2014年4月30日水曜日

恩師の最期

ちょっとここに書こうか若干迷っていたことでもあるが、
自分の気持ちに整理をつける意味でも残しておこうと思う。



今日、大学の指導教員だった
鹿園直建先生のお通夜に行ってきました。


周りにはあまり言ってなかったようだけど、
がんだったらしい。
手術後に容態が急変して急死だったとのこと。


もう定年はしていたのだけど、

そもそも去年も一緒に学会に論文出してたり、
先生の課外活動の話なんか聞きに大学いったりしてて、
全然そういう体調の話とか全くなく、
というか先月に学会の話をメールで相談したりしていて、
(結局これはセッションのテーマが今年から変わって出せなかったんだけど)
元気だと思っていた。



だから驚きのがすごくて、
今日お通夜にいって挨拶を済ませた後、

親族席にいる先生の奥さまの顔見た時に
やっぱりもういないんだなと思って、

そこでようやく実感が出てきて、
久しぶりに会った研究室のメンバーを横目に
逃げるように1人でそそくさ帰ってきた。





先生は心の底から尊敬できる人だった、



少なくとも先生と同時に同じことインプットしても正直1回も勝てなかったし、
研究の隣接領域含めて、
歳とか本当に関係無く、常に新しいテーマもどんどん勉強していた。

東大出て海外の大学行って、学会長やったり、国から呼ばれたり、
技術系の会社の顧問やってくれって頼まれたり、
経歴だけで見ても超が付くエリートだし、
とてつもなく頭がよかったけど、


ひけらかしたり、自慢したり、人をばかにしたりなんか絶対にしないし、
常に恐ろしく謙虚な人だった。

温厚でとても優しかった。
奨学金の推薦状とかも進んで書いてくれたし、
不始末で分析機械壊したときもかばってくれたし、
論文も1字1句全部手直ししてくれた。

僕が会社やると大学院のとき先生に相談しても、
普通だったら干されて当然だと思うけど、
すごく前向きに受け取ってくれた。
昔のブログ

話してても面白かったし、
大学院を修了して会社うっぱらって今の会社に就職した後も
ちょこちょこ学会に一緒に出したり、
論文の話とか世間話をする機会があったんだけど、
もうこれもないわけで。


教職の教育哲学のパウロフレイレの話思い出して、先生とはこうあるべきだなとか、
おれはこういうおじいちゃんになろう!
という意味のわからないベンチマークをするくらい本当に慕ってた。


優れた科学技術とか学術研究の事業化とコミュニケーションを考えていきたい
っていう今の将来の夢ができたの自体も
先生のおかげだと言っても過言ではないと思う。

僕は先に組織にいるからとか先輩だからとか年次が上だからとか
そういう時は形式的に敬語は使っても、
それだけでは一切の敬意を払わない人間だ。
でも先生に対しては上記の理由で、1,2を争うほど尊敬している。



これからも普通に趣味で研究しようと思っていたこととかたくさんあったし、
いつか先生のやってる環境技術のマネタイズとかコミュニケーション設計とか
一部共同研究とか、かなり楽しみにしてたのに、本当に残念でならない。

ご冥福をお祈りいたします。



実は最近遠い親戚にもそういうことがあって、
今回のことと連続で驚いている。

でもこれで何かに影響が出たりするのも
きっと故人の人の性格上本意ではないと思うから、
もうこれで切り替えして頑張ろうと思う。

進むしかないわけです。

2014年4月27日日曜日

パラレル宇宙と達人の域

週末仕事帰りのコンビニで
久しぶりにニュートンを買ったのだけど、
中の特集が本当に興味深かった。

アニメも2chのスレもびっくりの
パラレルワールドについてだった。


今の宇宙が有限であることが証明できず、
かつ無限に存在する空間のパターンが無限に近いとのこと。
で、その無限の個数の宇宙の中で素粒子が今と同じ構成になっている空間が存在する確率もゼロではないという。

だから全く同じ世界が全く別の宇宙があって、
時間も含めて同じように進行している可能性があるというものだった。


ニュートンの記事曰く、
10の10乗のさらに118乗メートル程度先には
いまの宇宙のコピーがある可能性があると言う。
(多分これは量子力学とか物理化学の電子の存在確率やボルツマン分布とかそういうのと近い確率概念な気もするのがそれはそれで興味深い。)

このパラレル宇宙の考え方はまだアブダクション的な仮説レベルだけど
数学的に解析される日がいつか来るかもとのことだった。



世界は無限に枝分かれしていくんだという
涼宮ハルヒとかドラゴンボールで設定されてたことが
リアルに存在する可能性があるということだ。



ブログのタイトルに使っているのにいまさらですが、
僕もまがいなりにも理系人間だと思う。

でも、そんな自分なんかじゃ箸にも棒にもかからないくらいのレベルのセンスがあって、
その上でとんでもなく勉強して、
研究して、何十年もこの世界に没頭してた人が
大真面目に宇宙にパラレルワールドがあるんだっていう結論に至る。


果てしないなと思った。

記事を読んでいても本質的には10%も理解できていない気がするけど、
収斂していく中で常人の到達できない境地へ行くんだと改めて感じた。


達人というのは一般的に
物事の道を極めた人のことをいうけど
学者とかビジネスマンでいうところの達人は
それこそ、このテグマーク教授の様な人を言うのかもしれない。

これまでの大多数の一般人間の認識の外にあるような
概念とかスキームとか理論とかを打ち出して何かの形にできる、
そういうことなのかもしれない。


単純に業界ノウハウが貯まるとかそういうのもあるにはあるかもしれないけど、
職種としての専門スキルっていうのかな、
そういうのももっと努力していこうかなと思った今日この頃。


●ニュートン2014年5月号
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2014年4月16日水曜日

パイロットケースとストーリー

また新しい年度になって、
今これから立ちあがるプロジェクトを
ぽろぽろ企画したり調整したり、もう走り出したり、
なんか走らざるおえなかったり
色々進んでいる相変わらず激動の今日この頃です。


そんな中でうちの会社の中でうちの部署は
新しい稼ぎを作るんだってことを1つの
目標にした新規事業部なので、

僕ももうサラリーマンとして3年目だし、
ガンガン色々な
パイロットケースを作るべく

後輩として先輩のフォローしたり、
一応知識面ではサポートをしたり、
たまには自分が主軸になったり、
まあ奔走しています。



で、タイトルのことに最近行きつきつつある。

「なんでこれをやんないといけないんだ」
というのを

クライアントにも
部署にも
会社にも
ユーザーにも
もちろん自分にも
そして社会にも

本当にこれが重要なんだ!
こういうためなんだ。
これ以外の何があるんだと。
とはっきり自分の言葉で言えるプロジェクトは本当に強い。


当たり前なんだけど、
どこかの誰かにとってだけいいものは
世の中にしっくりこないんだってとても強く実感する。

総合商社からうちの部署に転職してきた先輩が
仕事には大義が大事なんだ
って言っていたのもなんだかんだそういうことだと思うし、

会社組織でも同じで、
経営理念があって、
ビジョンがあって、
それぞれの個人のキャリアがあって、
商品にも一貫性を持っていて、
ユーザーに喜ばれて社会のためになって、
これが経営の中でのシンプルなルールなんだ
と有名創業者の本を読み漁ったときのことを思い出した。

サラリーマンになってからも
うちの社のトッププランナーの企画書を見て、
昔泣きそうになったことがあるんだけど、やっぱりあれもそういうことだった。


このときその仕事の全てと社会が
1つつながるようなそういう感覚がある。


僕は技術的に面白いことが好きだし、
とにかく新しいことが好きだし、
人の役に立つ方が好きだし、

でもこれだけだと、
会社とか社会とかにしっかりはまらないで、
別にこれではないといけないんだ!っていう確固たるものが無く、
手段が目的化していないかとすごく自問自答することが最近あって。


一方で2件位受注し掛けているもう9割金になりそうな話とか、
でうまくいっていることを分析したときも、

企画書のフィードバック先輩と部長に聞いたときとかにも、
自分の視座をもっともっと大きく
大局的に構えて行くべきなんだと反省したわけです。


既に修羅の様相なのですが、
これからあるプロジェクトによって、
残念ながら死力を尽くすことが確定しているんだけど、
多分ここに書いたことを忘れないで進めないといけないんだと思う。


新しいことであればある程、
新しいリソースを確保して、
前例が無いとか、
何かを覆したりしないといけないわけで、
精神的な意味でもエントロピーが大きいわけです。


これを打破する意味でも益々ストーリーが大事なんだ。
という確信に至っているのが今。

2014年4月1日火曜日

週刊東洋経済2014年4月5日号に出ました。

エイプリルフール&会社員2年目の最後を会社に待機してすごしました。


でもタイトルは嘘じゃないですよ!!w
http://www.magastore.jp/product/17921

私、今週の週刊東洋経済の表紙左下と、
59ページにのっております。

東大生の就活にフォーカスしつつ、
若者のキャリアが変わっているぞっていう特集なんだけど、
東大どころかのこのこ高校・大学・大学院と
全て推薦で入ったせいで偏差値的に考えたら
とてもエリートだとかそういうまとめには入らない男なのですが、
まあ変人枠ということでいいでしょう。

仕事場は手段だから、
起業家だろうとリーマンだろうとなんでもいいわけで。
そういう視点でもこの特集に出られたのは
2年前とか3年前に考えてたもっと学生のキャリアが自由でいいのではという
自分の思想とすごくマッチしてて、1ページの記事ですが、いい機会だった。


あと、この一連の中で一番感じたのは、
雑誌の編集力のレベルの高さ。

媒体関係の人には今の会社のおかげでちょこちょこあってきたけど、
メディアの根源は編集力にあると改めて思った。


今回の取材も
会社の広報に許可取るのがギリギリになり、
かつ前の会社にも小さいながら競合との絡みがあったり、
守秘義務含めて今の会社でも言ってはいけないこともあるため、
言えないことがたくさんあったので、
たくさん制約やいちゃもんをつけて後から色々言っていたけど、
報道だったので原稿見れなかったからどきどきでしたが、
恐ろしくまとまってて驚いた。


WEBでも情報が飽和した中で、
受信者の取捨選択はもちろん、
発信側も整理しないとってことでキュレーションが1つの潮流になっているけど、
そのキュレーションされている元の情報が確からしくないと、
今ネットの情報も価値がでない。


今雑誌が売れなくなっているって各所で言われているけど、
その一次情報のあり方を電子書籍やっている自分としても
考えて行かないといけないよなー。

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