2015年3月8日日曜日

中村洋基さんの「とある若者クリエイターの緩やかな死と、バッターボックスの間」をみて

お久しぶりです。
3月は忙しいですね。



最近気になった記事があった。
http://www.advertimes.com/20150305/article185446/

クリエイターが腐っていくのを絵にして、
じゃあどうすればいいのかという記事だった。


自分も1か月前にこんなエントリーを書いたのだけど、
http://watari2487.blogspot.jp/2015/01/blog-post_31.html

まさにこの上記記事に書いた背負うというのが、
「バッターボックスに立つ」と言うことなんだと思う。

とても根深い問題だなと思った。



中村さんの記事見たく、面白いお題になりうる中でも、こんなに中で競争がある。


他にも会社としてもいつも花形な案件ばかりではなく、面白くなくて、そもそも花開かない、そもそも評価されないような筋の悪い話もたくさんある。


広告代理店だってそうだし、
商社とかにも話を聞いていると、
こういうのはよくあるようだ。


こういうことを持ってきて振っている担当者は
自分の罪を自覚した方がいいのだけど、
それがないことも問題だと思うし、
大企業でいきると決めた時点で、
ある程度仕方がないと思う。




あと、これは言い方によっては冷たく見えるけど、
大成するかどうかって、
結局、能力・才能と運のせめぎ合いなんだと思ってる。


さっきの記事も正直仕事貰えるようにやり方の発想転換に至って、
デジタルのディレクションができる時点で、
書いた中村さんも天才なのではないの?
と言う感じだったりもする。


運と言うのも、そもそも良い案件や良い先輩にありつく必要があるということだ。


才能が無いのにうまくいっていると言う人は運がいいか、
本当はコミュ力とか調整力とか業務と関係が直接見えにくい才能がある場合がほとんどだし、
人は能力と才能に限界があると思う。
努力は必要条件。能力と才能は十分条件だとおもう。


クリエイティブの話で中村さんの記事は書いてあったけど、
ほんと今の会社は手前味噌だけど、面白い人がいっぱいいるけど
いまいち活かせていないと思う時がある。

>ぼくの前職、電通をはじめ、広告代理店のクリエイティブという人間は、ほぼ全員が超優秀であ>り、メチャクチャおもしろい。「なんでこんなすごいやつを知らなかったのか」と思うくらいだ。なぜ>彼らがなかなか頭角を表さないのか?

>原理原則は、
>とにかくひとつでも多くバッターボックスに立つこと。
>そのための工夫を、どう凝らすかだ。
>バットは振らなきゃ当たらない。
10億円のBIGは、買わなきゃ当たらない。

実は僕は最近バッターボックスにかなり強引に立つ方向に舵をきっているんだけど、これがどうでるか、ちょっと様子を見てみようと思っている。

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